アメリカで学んだこと③

随分前にも書いたことがあるような気がしますが。。。

三菱電機を退社した後、アメリカにコーチ留学に行った時のことです。
今からもう8年くらい前の話でしょうか。。。

大学時代から大好きだったユタ大学。ここはアンドレ・ミラーとか、キース・バンホーン、マイケル・ドリアックらを擁して1998年にNCAAのファイナルまで進んだチームで、「バスケットボールの百科事典」とか呼ばれていたリック・マジェラスというコーチに率いられていました。自分が行った時はマジェラスコーチ最後のシーズンで、後にドラフト1位指名されるアンドリュー・ボーガット選手がいました。

あとはコーチKのいるご存知デューク大学。
当時はジェイ・ジェイ・レディックやシェルダン・ウィリアムスなどがいてファイナル4まで駆け上がっていきました。

この2校を中心に、あとは自分の大学のコーチの母校で当時ジャミア・ネルソンがいたセントジョセフ大学、今のデューク大のアシスタントで以前はブレイク・グリフィンを育てた元オクラホマ大学のジェフ・ケープルコーチが最年少Division Iコーチとして活躍していたバージニア・カモン・ウェルス大学、ベン・ホランドコーチが就任1年目のUCLAやその近隣の名門の高校など、シーズンの真っ最中にお邪魔してアシスタントコーチなどの横で仕事を観察させてもらったんです。

この中で一番時間を過ごさせてもらったのがユタ大学とデューク大学でした。
その2校は大学の時からESPNで行われる試合を全試合録画して繰り返しみて勉強していたこともあって、興味がとてもあったんですね。
たまたま三菱の時に知り合った方が紹介してくれてこうしたことが実現したのですが、この2校は両方、「モーション・オフェンス」で有名だったこともあったし、有望選手が揃っているデューク大学と、どちらかというと白人主体のユタ大学とのコーチングの違いも観たかったし、本当に興味がつきませんでした。
短い期間だったけれど、この時学んだことは今でも自分の基礎になっている気がします。

で、長い前振りなのですが、その時両大学で自分の相手をしてくれたアシスタントコーチに言われたのが、「お前は必ず良いコーチになる」ってことでした。
これは褒め上手なアメリカ人のリップサービス的なニュアンスじゃなく、「結局仕事はする奴が伸びる」っていうことを繰り返し言われたんです。

自分は良い選手でも無かったし、名門校の出身でも無い。アメリカどころか日本でもたいした実績がある人間ではありません。ただバスケットが好きで勉強していたら、チャンスに恵まれてそんなすごい所の練習を観たり、コーチと話したり出来る機会をもらえた。。。ただそれだけのことです。
ユタ大で僕に付き添ってくれたコーチは元Division Iの大学でで活躍していたプレイヤーだったし、デューク大学のコーチはインディアナ大学でボビー・ナイトの下でヘッドマネージャーを務めた人物でした。
だから、なんかこう自分とは別世界の人、という感じで自分は接していたのですが、彼らが揃って言ってくれたのは、こんなことでした。

「自分のお金を払ってここまで来て、これだけやらなくて良い勉強を一生懸命するコーチはいない。
お前は必ず良いコーチになる。プレイ経験やどこの大学を出たなんてことより、どれだけ一生懸命バスケに打ち込むか。それが一番大切だし、それ以外に良いコーチになるために必要なことなんてない。確かに有名大学とかで働くためにはコネとかも必要だけれど、別に有名大学にいなくたって良いコーチはたくさんいる。。。」

「自分」のことを評価してくれた、というよりは「働く者が最後に報われる」という感じで話をされていたんです。自分達が一番下っ端で働いているからそう言い聞かせていた部分もあったのかも知れないけれど、このレベルの人たちがこう本当に細かい仕事を一から、それもいっぱいいっぱいになりながら、それこそもう「浪速の根性」で頑張っているっていうのを感じることが出来たこと、それが一番大きかったと思います。

「There is no short cut in life. (人生に近道は無い)」

ってよく言いますが、そういうことなのかなあ、って。

「頑張る」

「勉強する」

「努力する」

なんかアメリカよりもむしろ日本っぽい感じですが、でもアメリカのトップの大学で学んだことって、こういうことだったんです。この2校のスタッフは他の大学(それも名門校ばかりですが)のスタッフ陣の何倍も何倍も働いていた。。。

奇麗なフォーメーションや魔法のようなワークアウトレズメではなく、ただただ膨大な仕事量を懸命に本当に悩み、泣きながらこなしている、でもその先には必ず良いことが待っている、または選手のためになっている、そう信じてひたすら頑張る、みたいな。。。

選手としても、コーチとしても、今までの経歴でも、足下にも及ばないこの人たちともう一度会うためには、少なくともこの人たちと同じくらい働いた自負が持てる自分でいたい、と。
「良いコーチになる」と言ってくれた以上、絶対になって、また再会したい、と。
そんな決心をしたのを覚えています。

あれから8年ちょっと。。。

いつか胸を張って会いに行けるように、まだまだ頑張りたいなあ、と思いました。